Calamari union:「イカ同盟」の謎を解く

美しいモノクロ映像が控えめなギャグを際立てる

監督 Aki Kaurismäki
製作 1985年  80分
出演
Timo Eränkö     Frank
Kari Heiskanen   Frank
Asmo Hurula    Frank
Sakke Järvenpää   Frank
Sakari Kuosmanen   Frank
Matti Pellonpää    Frank
Markku Toikka     Pekka

カウリスマキ、メジャー作品の二本目。デビュー作の「罪と罰」(1983年)もそうだったが、公開当時に見ていたら”意味不明”として顧みることはなかっただろう。なにしろその頃は「ランボー」とか「ターミネーター」がお気に入りの映画だったからね。あ、ジャッキーチェンも好きだった。
そんなワタクシなので、一連のカウリスマキ作品を心底から面白いと思って鑑賞しているわけではない。それだけに客観的な考察ができるとはいえる。映画の本質とは離れたことになりがちだが。

主な登場人物の名前は全部Frank

まず題名のCalamari unionを考えてみよう。確定した邦題はないようだが、”イカ墨同盟”と紹介されることが多い。もちろん誤訳で、正解は”イカ同盟”だが、いずれにせよ意味をなさない。映画を見ていてもタイトルの意味は暗示されることもない。作品中にカラマリ(イカ)という言葉すら出てこないのだから。理解に苦しむうちにふと気がついた。これはKalmarin Unioni(カルマリ同盟=日本では一般的にカルマルと表記)をもじったものだということに。

カルマリ同盟というのは14世紀に北欧で結成された王国同盟で……なんてことは各自調べていただきたいが、フィンランド人には常識に属する歴史知識だ。フィンランドには直接の関係はなかったので詳しくは知らないかもしれないが、名称自体は聞き覚えがあるはずだ。つまり、フィンランド人がCalamari unionという映画タイトルを聞けば、漠然とカルマリ同盟を連想するわけだ。知名度もさほど高くなかった頃のカウリスマキが、不条理な映画に意味ありげな題名をつけて関心をひこうとしたとして不思議ではない。

たとえば幕末の史実を捻じ曲げた映画を作ったとしよう。そのタイトルは「さっちゃん同盟」。バナナを丸々一本食べて力をつけた「さっちゃん」が欧米列強国を打ち負かす痛快アクションコメディ! である。薩長同盟が実際にどういうものであったかを理解していなくても、その名を知らない日本人はおるまい。フィンランド人にとってのカルマリ同盟も同じようなもの。史実は知らなくても、なんか大変なことだったみたいね、程度の知識はある。したがって、カラマリユニオン=イカ同盟は、薩長同盟=さっちゃん同盟と同様に、一般人の関心をつかむには気のきいたネーミングなのだ。タイトル自体が「これはナンセンス映画ですよ」と告げているわけだ。

下町カッリオ(Kallio)を象徴する教会。冒頭シーンはここから市内を眺める。主人公たちが乗り込んだ地下鉄の駅は、映画内で進んでいった方向とは別の場所にある。

もうひとつ映画の背景をつかんでおきたい。本作はKallioという場所を起点として、Eiraという地域に向かう間のドタバタを描いているが、ストーリー展開を理解するには二つの土地の違いを押さえておくことが欠かせない。

「とある場所から理想郷のエイラに向かう」という”あらすじ解説”が多いが、映画では理想郷としてのエイラなど登場しない。カッリオからエイラに向かうという意味はフィンランド人、特にヘルシンキ周辺の住民にとって自明のことなのだが、外国人にわかるはずがないので「理想郷」と注釈を加えたのだろうか。この間の移動は、東京でいえば山谷から田園調布に向かうことに相当する。関西なら西成から芦屋へ、といった具合だ。上の写真では(実際に歩いていても)わかりづらいが、カッリオは貧民街の、エイラは(写真下)は富の象徴なのである。 現在ではカッリオも観光の新スポットとして紹介されているが、西暦2000年くらいまでは怪しげな雰囲気をかろうじて残していた。本作が制作された1985年であればなおさらであったろう。

エイラ(Eira)。周辺には各国大使館やマリーナもある高級住宅街。

かたやエイラは今も昔も超高級住宅地だが、カッリオから徒歩でも一時間かからない程度の距りしかない。しかし映画では、そんな短距離の移動中にたいした理由もなく登場人物が何人も死んでいく。それが微妙におかしい。 カウリスマキ作品に共通することだが、進行に大げさなセリフやアクションがあるわけではない。んなアホな、なんでやねん、と苦笑いや含み笑いを誘われる程度だ。が、白黒の美しい画面が想像力を掻き立ててくれる。写真でもそうだが、モノクロ作品だと本筋に集中でき、自分なりの解釈が深まるので、作品全体を貫く控えめなギャグが強調されるのだと思う。85年にモノクロ映画を撮るというのは冒険だったんじゃないかな、なんてことも考えたりして。

登場人物のFrankを17人に増やしたUSAバージョン(2008年)もモノクロで興味を誘われるが、入手が難しそう。

kalmari後日談

タリンでみつけたロシア製の裂きイカおよび燻製。ロシア語のイカ=カルマルはフィンランド語同様にKで始まるのですね。いずれも日本製とほぼ同じ味。添加物の香りが強いみたいだけど、おいしかったです。タックスフリーで40gが200円くらいだったかな。高いね。