キートスだけで一日過ごせる、かも。
海外旅行に行くとき、その国のことばを少しでも覚えておこうと思う人は少なくない。Yes/No、こんにちは、すみません・・といった生活基本語をいくつか、と。そのなかでおそらく欠かせないのが「ありがとう」だろう。そのフィンランド語がkiitos(キートス)であることを知っている人は多かろう。
そんな予備知識なしにフィンランドに行っても、たとえ短期間の旅行でもこの言葉は耳に残り、知らぬ間に覚えているはず。日常生活で非常によく使われているからだ。また、使用状況からその意味も自ずとわかるだろう。基本的にはkiitos=ありがとう、と考えてよいが、常にそうとは限らず、その応用範囲は広い。フィンランド語は「No niin」だけ覚えておけばあらゆる会話に対応できる、という冗談があるが、それは上級者向き。いくつかの単語しか知らないレベルなら、とにかくキートスを繰り返せば問題にはなるまい。むろん、これも誇張だが。
では、「ありがとう」ではないkiitosの使い方を紹介しよう。たとえば、何かを頼むときの丁寧語として。
Voisitteko auttaa minua,kiitos?
助けて(手伝って)もらえますか、と依頼し、答えを聞く前にkiitosを加えている。つまりここでのkiitosはプリーズに相当する。あるいは喫茶店での注文時。
客:Kahvia,kiitos. コーヒーお願いします。
次も意味としては類似している。飲食店で
Saisinko laskun,kiitos! (お勘定お願いします)
この例文は冗談半分で取り上げられることがある。「勘定を払うのに、なぜ客が礼をしなければならないのか」という指摘。まあ、これもプリーズの代用句といえる。
で、食事を終えて店を出るときにもkiitos。日本でも言いますね、「大将、ご馳走様!」なんて。代金は自分で払うのに。
食事つながりでも、次のケースは少し異なる用法。
A:Kiitos ruuasta. ごちそうさま(食事をありがとう)
B:Kiitos. どういたしまして。
こういうやりとりで、BのKiitosを聞くことはまずないだろう。食事を提供したBが「どういたしまして」と答える場合、通常はOle hyväである。これは時代による変化を経たためで、今現在(2020年)、こうした使い方をするのはかなりの年配者に限られるのではないか。
したがってあなたがBの立場にある場合、Kiitosは避けたほうが無難。フィンランド人同士なら言葉の選択・解釈の幅は寛容だが、外国人が使うフィンランド語には厳しいフィルターがかかるからだ。もっとも、ここでhuomenta(おはよう)などと言ったら「頭がどうかしてるんじゃないか」と思われるだろうが、kiitosなら意味は十分通じる。
続いて「ありがとう」としてのkiitosの説明に移るが、これも一筋縄ではいかない。使用状況が日本とは微妙に異なるからだ。
たとえばバスを降りるとき、乗客が運転手に対してkiitosと告げる。日本ではいわないでしょう? と思っていたが、「大阪と同じやねんな」と言われたことがある。したがってこれは日本でも地域差があるわけだが、東京育ちの私にはちょっと違和感が残る。
また、お店でのやりとりにも日Fでは若干の違いがある。買い物を終えたとき、まずkiitosというのは客のほうである。
店員:3200円
客:kiitos
店員:kiitos(無言の場合もある)。
最後にkiitosのヴァリエーション。
kiitti キィーッティ くだけた口語。
以下は「ありがとう」の複数形。many thanks, thanks a lotに相当する。
kiitoksia キートクシア
paljon kiitoksia パルヨン キートクシア
kiitokset キートクセットゥ
suurkiitokset スールキートクセットゥ
いずれも「大変ありがとう」という表現になるが、うろ覚えレベルで使うならkiitoksiaくらいにとどめておいたほうが無難かな。
先述の通り、kiitosは頻繁に使われるうえ、k・t・sの音がはっきりしているので1~2回聞けば嫌でも覚えるはず。そこで大きな疑問が浮かんじゃったりする。
今から100年ほど前にフィンランドを訪れた作家・谷譲次は、kiitosを「キウィイドス」と表記している(「踊る地平線 白夜幻想曲」1929年)。どう考えても聞き間違えるはずはないのだが。この人のフィンランド紀行がかなりムチャクチャな内容なのはさもありなん、である。
なお、短期旅行のコミュニケーション用に、と「いくらですか」とか「これはなんですか」なんてフレーズは覚えないほうがいい。答えられても分からないではないか。