~フィンランド出国編~
コロナ禍の真っただ中、不要不急の海外渡航は自粛すべきだが、緊急不可避の事情が生じたため日本に行くことになった。日程は7月22日(ヘルシンキ発)、8月10日帰国(同日成田発)。オリンピックの真っ最中でもある。
入出国の規制が続く中、それでも渡航しなければならない人も少なくないだろうから、その実情をレポートする。規制の具体策はなんなのか、実際の運営はどうなのか。参考になることもあろう。
私の旅程期間中、日本への入国条件は以下の通りだった。
・出国72時間前までのPCR検査で陰性証明を取得すること。
・日本への入国後14日間は自宅等(ホテルも可)で待機。
・その間は他者との接触を避け、公共交通機関を利用しないこと。
なお入国規制の要件は頻繁に変わるので、この体験記はあくまでも2021年7月中旬から8月上旬までの事情であることを含みおきいただきたい。実際、8月11日以降、規制はさらに強まった。まずフィンランドを含むその他ほぼ全世界の外国人は「特段の事情」がない限り日本への上陸ができなくなった。オリンピック関係者は「特段の事情」なんだろうなあ。
また、入国後3日間(フィンランドから来た場合。国によっては6~10日)は検疫所長の指定する宿泊所で待機、3日後に再度検査を受けなければならないようになった。
私に適用された14日間の自宅待機も厳しいものの、3日間の指定場所隔離に該当しなかっただけマシではある。
PCR検査、そして医師証明
さて、緊急帰国の命を受けたのは7月18日。「すぐ来い、今来い」と言われたものの、まずはPCR検査を受けなければならない。しかし、この日は日曜。検査の予約ができないのである。とりあえずチケットを抑えよう。直近の出航日は21日。が、なぜかこの日は飛んでいない。フィンエアーのスケジュール表には掲載されているのに。まあしょうがない。ということで22日の便を抑える。しかしPCR検査を受け、さらに陰性でなければその航空券も無駄になる。まあしょうがない。
さて19日朝、PCR検査を予約。20日の受診を確保。検査結果は24時間後にフィンランド語でデジタル配信されるということだが、それだけでは何の役にも立たない。検査結果に医師の証明を添えなければならないのである。厚生労働省作成の「陰性証明フォーマット」をダウンロードして病院に行かなければならない。しかし都合よく医師を予約できる保証はない。結局、検査結果は陰性、医師も希望時間に予約できたが、この間は気の休まる暇がなかった。
そんなわけで出国決定から日本到着まで、あしかけ6日もかかってしまった。
この間の経費はPCRテストに138.60ユーロ。医師の証明、といっても私の口伝を数行書くだけ、に70ユーロ。さらに「当医院の医師が証明しましたよ」という病院のスタンプに24.90ユーロ。総額=233.5ユーロの出費である。病院のスタンプなんて実働5秒。それで3500円だから、時給にすれば250万円だ。
費用はやむを得ないとしても、出発日にあわせた検査、証明書発行ができるかどうか、気が気ではなかった。
この人出は多いのか、少ないのか
さて出国である。ヴァンター空港の国際線出発ロビーは冒頭写真の通り。もっと閑散としていると思ったが、ご時勢を考えると結構な人出ではないだろうか。見るからに観光客然とした人もいるが、そんなことしててええのんか。いや、彼らにもやむにやまれぬ事情があるのだろう。
出国手続きを終えて搭乗ゲートに向かう。Duty-free Shopは従前どおりに営業していたが、歩き進むうちにゴーストタウン化、シャッター通りになってきた。ムーミンカフェも休業だ。
チェックインは予定の30分前に始まった。陰性証明書や健康状態確認のため、通常より時間がかかるためだ。搭乗待ちをしているのはざっと50人くらいだろうか。そのうち三分の一ほどがオリンピック関係者。さて搭乗が始まり、まずはビジネスクラスの客から機内に進む。続いてオリンピック関係者・・・。最後にエコノミークラスの客。オリンピック関係者もエコノミークラスなのになあ。
機内はほぼ一列おきに一人掛け。オリンピック関係者の中には二人並んで座っている者もいたが、夜になると一人一列を確保して横になっていた。私も中央の4人掛けを占領して寝ころぶ。2003年のSars騒ぎのときより乗客数は少ない。