Iloisia aikoja, Mielensäpahoittaja:人生これからだ

コメディ色は強いが、基本は家族愛をめぐる人間ドラマ

監督Tiina Lymi

製作 2018年 118分 K-12
出演
Heikki Kinnunen… Mielensäpahoittaja
Satu Tuuli Karhu … Sofia  孫
Sulevi Peltola… Kolehmainen  隣人
Elina Knihtilä … Katri  ソフィアの母
Jani Volanen… Pekka  ソフィアの父。長男
Iikka Forss… Hessu 次男

フィンランド映画財団の調べによると、2018年の公開作品のうち、2番目に観客動員数が多かったもの。一位はMamma Mia! Here We Go Again、3位がBohemian Rhapsody である。

評論家の評価も高く、「第二作が一作目を上回る稀有な作品」、「主演交替は新たな役柄を提示」等と称賛。ソフィア演じたサトゥ・トゥーリ・カルフはフィンランド・オスカーの最優秀助演女優賞を受けているし、なにより国内映画としては2018年で最も多くの観客を集めたことがこの映画が広く支持されたことの何よりの証明である。

それだけに本作はフィンランド人がフィンランド人を満足させるために作ったことが明白で、それ自体はある意味当然だが、外国人、アジア人としては気に障る部分も散見する。それは後で述べよう。

タイトルであり、主人公の呼び名ともいえるMielensäpahoittajaを「頑固爺さん」と訳すのも抵抗があるが、定着してしまったようで、かつ分かりやすいからやむをえず踏襲する。

連れ合いを亡くした頑固爺さんは生きる望みを失い自殺を決意。自分で棺桶を作り、収穫したジャガイモを隣人に与えるなど、死ぬ準備を進める。しかし17歳の孫娘が妊娠していることを知り、自分が彼女の力になれることを自覚して自殺は思いとどまる。娘の出産まで、無理解な父親の言動を誇張したエピソードが加わるが、最後は家族の絆が強まるというハッピーエンド。意外な展開はない。

前作より笑いの要素が増え、思わず吹き出す場面もあるが、本質的にはヒューマンドラマ。それをコメディタッチに仕上げているだけだ。笑えて泣ける映画。

本来なら感動シーンなんだが

さて、本作で気に障るのはアジア蔑視が見え隠れするためだ。朝鮮人の名前になぜブルース・リーをあげるのか。森で出会ったタイ人集団を「小さなやつら」と呼び、中国人と考えている。最後にはマツタケも出てきて、「マツナッケ。ひどい味だが高くて、日本人が欲しがるのでいい商売になる」などとのたまう。アジア・アジア人は全部ひとまとめ。これ、フィンランド人の無知を意識的に描いた自虐ジョークなんだろうか。前作の頑固爺さんも「ニグロ」と発し、息子嫁にたしなめられるシーンがあるが、意図がよくわからない。当事者としてはちょっと笑えない。

そりゃあマツタケ好きだけどさあ。わざと間違えるなよ。

サウナのシーンについても触れておこう。日本の鑑賞者はここでつぶやかれるSauna rauhaということばを「サウナで落ち着け」というニュアンスで好意的に受け止めているようだが、実際はそういう意味ではない。

ソフィアの父は初めて登場するシーンからフィンランドの悪口を繰り返しているが、ここでも「フィンランドの酔っ払いと過ごしていたら人生おしまいだ」というような悪態をつく。これに対してSauna rauhaと言われるわけだが、口にしたのは問題飲酒が明らかな大男。そういう話はやめろ、という意味での「落ち着け」である。フィンランド人の酒癖が悪いのは周知の事実だが、それを知らないための誤解である。

フィンランド人が、ああフィンランドっていいですね、と満足できる映画だが、日本映画だってそういうのは多いから批判する気はない。全体としては面白いし。

左が一作目主演のAntti Litja。右が本作の Heikki Kinnunen。よく似てる。

サブタイトルのIloisia aikojaは「楽しい時間」という意味。妻を亡くし、孫は妊娠という状況で「楽しい」わけはないんだが、これはそうした時間だからこそ大切、あるいは生き続けることを決意したこれからは楽しい人生が待っている、という意味合いなのだろうか。

第一作のMielensäpahoittajaはこちらを参照。