Mielensäpahoittaja:傷心の人

古き良き時代を胸に秘めて今を生きる老人の話

監督 Dome Karukoski
製作 2014年  103分
出演
Antti Litja    … Mielensäpahoittaja
Petra Frey     … Emäntä
Mari Perankoski  … Miniä
Iikka Forss      … Poika
Viktor Drevitski  … Sergei
Kari Ketonen  … Sakke Intonen
Mikko Neuvonen  … Stinde
Bruno Puolakainen  … Tarasenko

Tuomas Kyröの同名小説(2012年)の主人公をもとにした映画。監督のDome KarukoskiはJussi賞(フィンランドのオスカー)を2度受賞した実力者。そのコメディということで興味をひかれたが、これ全然コメディじゃない。最初のほうに政治家が転ぶシーンがあり、主人公の風貌とあわせてドタバタ、ナンセンスギャグが展開するのかと思ったが、全く違った。滑って転んで、式のおふざけシーンはほかに2か所あるが、まさかそれでコメディというわけではあるまい。フィンランド語版のWikipediaではでもコメディ映画と記しているが、その他の映画評でそう分類しているものはないようだ。

これがギャグだと言われたらたまらない

物語は美しい田園風景の眺望から始まる。主人公は推定80歳の老夫。続いて第二次世界大戦末期から70年代までのフィンランド史がさらっと流れる。年老いた主人公はが60~70年ごろの風物を愛おしむ。フィンランドと彼の青年期が重なっている。

英題のThe Grump(不機嫌な人、不平ばかり言う人、気難しい人)に引きずられると、過去に思いをはせて現在を恨んでいる爺さんというイメージを持つかもしれないが、主人公は不平なんてこぼさない。そもそも原題のMielensäpahoittajaにそうした意味はない。「傷心の人」というのが近い。役柄にも即している。アルツハイマーの妻を介護する中、地下室の階段で転落して足首骨折。それでも不平は言わない。「こんなことでくじけてたまるか」とつぶやくだけ。

しかし治療は必要なので、ヘルシンキに向かう。通院の拠点として息子の家に滞在するが、田舎の自宅とは大違い。嫁(義理の娘)は年収1500万円をかせぎ、セレブの生活である。そんな家庭へのお土産はジャガイモとジャージの上下。しかもジャージは40年前に買ったお古だ。主人公は電動歯ブラシやスマホの使い方がわからず困惑するなど、生活のギャップを描くが、とってつけたような描写なので少しもおかしくない。

さて、この爺さん、これからどんな活躍をしてくれるのだろうかと期待したのだが、起伏はない。義理の娘の大事なクライアントであるロシアのビジネスマンたちと接触し、気持ちが通じ合う場面があるので、「釣りバカ日誌」の浜ちゃんよろしく、大成功につながるのかと思いきや、商談はぶち壊しに終わる。

その後も物語は淡々と続く。じゃあつまらないのかというと、そんなことはない。息子夫婦のぎくしゃくしていた関係は主人公の闖入で修復される。若いホームレスの再生を助ける。家族の絆を確かめる。コメディなどというお門違いの予備知識をもたなければ胸を打つドラマなのだ。多少のユーモアをちりばめているので、重たい雰囲気にならないのもよい。

印象に残るセリフがある。最初のほうだが、アルツハイマーの妻を介護する主人公に対して、息子が言う。「母さんはそこにはいない(意思疎通できない)んだ。先に進むことを考えろよ」と。主人公は即座には答えないが、ヘルシンキに向かう道中で一人反芻する。

Miksi pitää koko ajan olla menossa johonkin?  Eteenpäin.
(どうしていつも前進することを考えなくちゃいけないのだ?)

現状の確固たる是認。自分にできることをする、という点でブレはない。

本作はフィンランドで強く支持され、2018年には登場人物を一新した続編(Iloisia aikoja,Mielensäpahoittaja)が公開されたほか、2019年にはTVドラマ化されている。

なお、以前紹介したTyttö sinä olet tähti もDome監督の作品である。