ヘヴィ・トリップ/俺たち崖っぷち北欧メタル!:Hevi reissu

ヘビメタに関心がなくても素直に笑える、楽しめる

原題 Hevi Reissu

監督 Jusso Laatio + Jukka Vidgren
製作 2018年 92分 K12
出演
Johannes Holopainen… Turo(vo)
Max Ovaska… Pasi / Xytrax(ba)
Antti Heikkinen … Jynkky(dr)
Samuli Jaskio… Lotvonen(gu)
Chike Ohanwe…Oula(2nd dr)
Minka Kuustonen … Miia
Ville Tiihonen    … Jouni Tulkku

クランクインが発表された2014年から何かと話題になっていたHevi Reissu。邦題のヘヴィ・トリップは英語そのままだが、原題も意味は同じ。しかしこれはダブルミーニングで、「辛い旅」という直訳とともに、内容がヘヴィ・メタルバンドのロード・ムービーであることを示唆。「俺たち崖っぷち……」ってキャッチフレーズは苦肉の策として受け止めておこう。

ストーリーは単純。フィンランド北部の田舎町(おそらくオウル州のTaivalkoski)のアマチュア・ヘヴィメタルバンドが主人公。12年間コピー(他人の楽曲を演奏)していただけの4人組がノルウェーのロックフェスティバルに出場するまでをナンセンスギャグで語る。過去に紹介したPitkä kuuma kesä/長く暑い夏のスケールを大きくして、コメディ要素を強化したような作品。

こんな田舎でアマチュア・ヘビーメタルバンドが日夜練習に励む

最初の進行は退屈とすらいえるほどにゆるやか。それが次第にテンポを速め、おバカ加減が増幅していく。「ロック、ヘビメタには興味ないけど楽しめた」という一般視聴者のレビューが散見されるように、気楽に鑑賞できる作品だ。

しかし、随所に盛り込まれたさまざまな“しかけ”を知ると、さらに楽しくなるだろう。たとえばバンド名のImpaled Rektum。「直腸を突き刺す」という意味だが、それではなんのことか分からない。実はこれ、1990年にオウルで結成され、現在も活動しているImpaled Nazarene のもじりなんですね。「直腸を突き刺す」ということばは本作のテーマにつながるので後述する。

また、Pasi(ベーシスト役)の顔面ペイントはジーン・シモンズ(Kiss)へのオマージュだ(*注)。パシはヘビメタ音楽にやたら詳しく、伴奏を少し聞いただけでたちどころに出展を言い当てる。おそらくは「いいところ突いた選曲」とマニアを刺激するのだと思う。この手の音楽への知識が少ない私には、その他の音楽面での“しかけ”は分からなかったが、あれこれと気づいた人も多かろう。というのは、主人公の携帯電話がノキアの伝説的モデルNOKIA 3310だったり、今時カセットテープでデモテープ作るか? とか、終盤でノルウェーの国境警備隊が放つグラネードランチャーはシュワルツェネッガーが「コマンドー」で使っていたのと同じ型だなど、監督の遊びはいくらでもあげることができるから。

*と思ったら、Meyhemでした。オチがノルウェーだから、当然そうですね。ヘビメタの常識を知らなくても楽しめることを示すため、当初の書き込みを残しておきます。

突然変身したPasiの姿に唖然とするメンバー

さて、バンド名のImpaled Rektum(直腸を突き刺す)だが、これは本作のテーマであるParempi paskat reisillä kuin ikuinen ummetus.につながる。日本での映画ポスターやDVDジャケットには、これを「後悔するなら、クソを漏らせ!」と訳して使用。好意的に解釈すればあながち間違いではないが、意味不明でしょう。正しくは「便秘がずっと続くより、漏らしたほうがマシ」という意味。それでもよく分からないが、後に重要な意味を持ってくる。
このセリフは2回使われており、まずはバンドリーダーで主人公のTuroが勤める老人ホームで、入居者がお漏らししたときに当人がつぶやく。この意味は文字通りにとっていい。

品のない日本語キャッチ。意味もあいまい。

次は映画の終盤でトゥロの独白として。アマチュアバンドがノルウェーの音楽祭に出場するまでに大騒ぎを(脱糞に相当)起こしたが、何もしないでくすぶっている(長く続く便秘)よりよほど良い、と比喩的に語られる。「最後は泣いた」というレビューが少なくないのは、この前向きな姿勢に感動したためだろう。それを「クソを漏らせ」なんてぶち壊しもいいとこだ。英語字幕ではBetter to shit yourself than to be constipated forever.とある。日本語訳がとんでもないことがわかろう。日本語字幕ではどうなってるのかな。

物語の進行とともに、悪ふざけに拍車がかかる。それが楽しい。

本作の着想は監督がメディアスクールの学生だった頃にさかのぼる。同級生の発案に触発され、構想10年。主人公のバンドが12年間練習だけにあけくれたという設定にも重なる。しかしこのメンバー、映画のために集められたのか? 演奏がうまい。

映像が美しいのも魅力。ノルウェーでの撮影も一部にはあるが、ほとんどがフィンランド国内で行なわれた。あたかもノルウェー海岸にたどり着いた、と思わせるシーンはヘルシンキ近郊。LauttasaariとHernesaariである。フィヨルドの絶壁シーンは合成じゃないかな。これは推測だけど。

最後、ハイライトのステージでも吐いちゃうのね。ジーン・シモンズが火を噴くがごとく。

ところで、北欧でヘビメタが盛んなのはなぜか。素朴な疑問である。ちょっと調べてみたが、どうも要領をえない。もっともらしい前振りに期待しても、話題はいつのまにか男女平等やら教育システムになり、果ては「森が多い」なんて、関連性がまるでない結論になっていたりする。そうした中、合点のいく一節があった。

要旨、「北欧は寒くてレゲエなんてできないだろ」というもの。つまり明確な理由なんて誰にも分からないいうことだ。

北欧を十把一絡げにすると、スウェーデンはヨーロッパで第二のポピュラー音楽輸出国として知られている。一位は言うまでもない。スウェーデンの有名どころでは70年代のABBA、少し遅れてEurope。そうしたロック先進国がたまたまヘビメタバンドを輩出。ブームを巻き起こし、フィンランド、ノルウェーも続いた、という流れだ。

製作費300万ユーロ。フィンランド映画としては巨額の部類で、国際的にも成功した(している)ようだ。本作のセリフはほぼフィンランド語で通される。世界市場に飛び込むには不利に思えるが、ヘビメタファンにとってフィンランドは特別な思い入れがあるので、それが逆に功を奏したのだろう。フィンランド映画としては、初めてSXSW(1987年より米・テキサス州で行なわれている音楽・映画祭)への参加が認められた。

練りこんだ構成に、よく考えられた遊びが散りばめられているので、本筋とは関係ない部分でも楽しめる。むしろそこが要点かな。

なお、ノルウェーの伝説的ブラック・メタル・バンド、メイハム(Mayham)のドキュメンタリー風映画の制作も同年。イギリス・スウェーデン・ノルウェー合作。